2016年05月30日

5月30日

何を持って、正義というのかわからない。。という
49歳。

心いっぱい尽くしている。
夢が叶う。。とかどうでもよかった。

みんなの笑顔が見たかっただけ。

「想いが強すぎるとよくない。。」

病気になる時、親友が言ってくれていた言葉。

音楽が、ネバーランドである意味を深くこの49年追い続けてきた。

今、大きな岐路に立たされているような気がする。

音楽をやめる、やる、人間やめる、諦める?

そんな瀬戸際だ。

笑顔とはパワーを持っている。。

が、少しだけ疲れてしまった。。

駆け引きがだるくて音楽にひたすら解放を求めていたのかもしれない。

弱気ブログ

かたじけない。。

posted by 馬渡松子 at 23:55 | Comment(1) | 日記

2016年05月17日

1年ぶりの京都アニーズカフェ

すこしおっくうだった。。。

3ヶ月県外のライブもなく、日々のスクールの仕事にかなり時間を取られて
自分はプレーヤーとして、アーティストとしてしっかり演れるのだろうか。。

京都のアニーズカフェ、1年前の冬に伺ってからの1年ぶりのライブとなる。

今回、初めて?だろうか。。
アニソンイベントではなく、ガッツリのバンドイベントでのスペシャルゲスト。

アニソンは自分の実績を作ってくれたものである。
しかし、メジャー前から根っからアンダーグラウンドでやってきていた私としては、
音楽性。。というものを評価してもらえているイベントだと思った。

正直嬉しかった。

2月の大阪でのイベントから3ヶ月、
我がバンド、滋賀県の「クロブチブラザーズ」とも密に連絡とりあい、
音楽、、何故音楽をやっているのか、どこのゴールに行きたいのか。。
かなり話した。

クロブチは、音楽が必要な所へはどこでも行きます!
と、言った。
志も確認する3ヶ月だっただろうか。


Homeで一番存在感のある My Familyに行ってきます!を告げ、
久しぶりの空港へむかう。


もう顔なじみの駐車場のおじさんが「久しぶり!」って笑顔で声かけてくれる。。

ここからいっつも始まってるな。。


大阪で1泊して京都へ向かう。

音楽業界に入りたいと熱望している学生さんと面談してから
アニーズカフェに向かう。

もちろんだが、鮮明に建物、空気、雰囲気、1年前のライブ、スタッフの皆さん覚えている。

有名なパンクバンドのオーナーさんと、今回も呼んでくださった主催の方とご挨拶。

「おひさしぶりです!」

1年前のアニーズでは雪が降っていた。今日は初夏の空気。

クロブチとの3ヶ月ぶりの対面。

やはり、表面だけではない奥深い所を感じながらのリハーサル。
今日もバンドは絶好調。

イベントの顔合わせの後、洋食屋であーだこーだバンドと雑談している最中
イベントは始まる。

休憩からアニーズに帰ってきたときは、アコースティックパンクのギターボーカルのライブだった。
凄まじい魂のぶつかり合いで、ジャパニーズパンクをやっていた大学時代を思い出した。

あの頃は、本当に都内ライブハウスに行き詰めだったな。。。と懐かしくなる。

日本の繊細な心理描写や精神世界を如実に表している。

次のバンド「improove」も素晴らしかった。

まさしく、私が19当時行きたかった音楽の世界。
環境音楽からプログレ。。。
1曲6分以上にも及ぶ絵画は、いろんな深層心理を引き出し原点に戻してくれる。

かなりのアカデミックなサウンドで、無性に興奮と緊張が増してくる。

その後のロカビリーテイストな浜の匂いのするバンド「獣ヶ原」
真っ直ぐなヴォーカルと懐かしい昭和のサウンドを彷彿とさせる。

飾りのない人間本来のストレートな感情が、パワーをくれる。

いや、
いろんな方面からのメンツが揃っていて、心をその度に奪われては
今の自分と、揺るがないバンドとの信頼関係を何度も心に確認していた。

蘇った。。アニソン、ではない今日、馬渡松子with クロブチブラザーズの今日。

本番

なぜかステージで安心した。

60分があっと言う間だった。

ただ、楽しかった事しか覚えていない。。



終わって、遠方から来てくださった方や共演者の方々ともいっぱい話した。

「アニソンだけでなく、違う所でも活動してください!!」

嬉しい一言だった。





ひとしきり近くの赤提灯でバンドと幼少時代の事など話して盛り上がった。

うまい酒だった。


次の日はクロブチと5時間リハーサルスタジオに入った。

普段、ネットだけでのやり取りなので
かなり貴重な5時間を過ごした。

新曲もできた。

帰りの京都、多分ここ何十年かで一番幸せな日であった。

京都伏見の日本酒を嗜みながら湯葉を食べる。。

人、仲間、音楽、食、飲み物。。

始終笑みが絶えなかった。

京都の大地の四季折々の季節を過ごしている野菜と自分の人生を重ね合わせながら、
日本が素晴らしいと始めて感じたかもしれない。


素敵な京都の方々。
本当にありがとうございました。m−ーm(^^v

また、必ず伺います。
posted by 馬渡松子 at 02:20 | Comment(1) | 日記

2016年05月05日

こどもの日、そして母の誕生日

こどもの日。

今日は母の誕生日だった。

母に会う数時間前はかなりイライラしていた。
「人って結局計算して私利私欲に人を利用して。
コバンザメだわ!!!」

なんて、相棒を疲れさせ、困らせた。

わからない。。。

私も人間である。

所謂、できてる人間ではない。

母との1ヶ月ぶりの、そしてメモリアルな誕生日の食事会に
かなりピリピリしていた。

私は3歳からの母子家庭である。

愛に飢えているとか、環境が悪いとか、
全く持って、カテゴリー分けと偏見にいじめもあっていた。

よく、わがままという言葉で代用詞されることとなり、
社会からは疎外されることとなる。

母が苦手であった。

幼少からの教育スパルタ。
それがいやで3歳から自発的に汽車に乗って1時間かけてピアノのレッスンにも行った。

4歳からショパンとリストのアルバムを片手に
景色を見て聴いてはいつも救われた。

箱入りムスメのお嬢さんだったのかもしれない。
英才教育など言われ
それも疎外の対象になった。

そして、優秀な身内も苦手であった。

心から話せる人を探した。
コミュニケーションを探した。言葉ではないもの。
感じるもの。

自然、音、空気、小鳥。。。


先日熊本地震があった。

4年前から東日本ツアーにも行っている。
その度に感じる。
「偽善」音楽?。。という懐疑が、また人を音楽から遠ざける。


自称音楽人であるからこそ、
他アーティストの音楽をきいて
人の不幸の心に入った音楽→偽善音楽→ビジネス、と錯覚する時もある。

ビジネスは、もっと向上性あるもの。
最近会う、親しいビジネスマンは教えてくれる。
生活のため。。とか、そういうところでもない。。


母に切々と自分の行きたい先を、初めて真から話した。。
耳の聴こえない母に話した。。。

母は初めて、
生まれて初めて、私にありがとうを言ってくれた。

「こんど、あんたのイベントにいこうかね。。」
そして嬉しそうに横断歩道を渡って帰って行った。


涙が止まらなかった。

母79歳

親というものは、

本当にかけがえのない
永遠の師匠だ。


posted by 馬渡松子 at 20:50 | Comment(2) | 日記